長引く子どもの不登校、疲れてしまっていませんか?
”親ならいつも明るく笑顔で接しなければ!”
”子どものためにあきらめずにがんばらないと!”
こうやって、どんな困難でもわが子のためなら、全力で立ち向かおうと思っているお母さん。
ほんとうに立派です。
でも、全力で走りすぎて息切れしてきましたね。
どんな時もわが子がかわいい。いとおしい。何よりも大切な存在です。
だって、
子どものしあわせ=自分のしあわせ
だから。
私も不登校児の母でした。
”子どもが学校に行けるまで、私は全力でサポートする。”
そう意気込んでいましたが、うまくはいきませんでした。
全力を出し切ったあとの、無力感・絶望感は痛いほどよくわかります。
大丈夫。
お母さんが考え方をちょっと変えるだけで、子どももぐっと変わります。
私の息子は今では、不登校だったとは思えないくらい、元気に登校するようになりました。
このブログでは、子どもの不登校に疲れたお母さんを救う”考え方のコツ”を紹介します。
目次
考え方をちょっとだけ工夫してみます
考え方1ー考える対象を”自分”に無理やりでも置き換える。
今、一番になにができたらいいと思いますか?
思い浮かぶのは、子どもが登校してくれて、元気になって、笑顔が見られて、ともだちと遊んで・・
と子どもがハッピーになる事?
そう。お母さんなら誰もが持っている気もちです。
けれど、今は子どものことではなく、母である自分は何がしたいか考えてみるのがポイントです。
”本当は一人でゆっくりする時間がほしい。”
”会社に行って子どもの心配をせずに、仕事に集中したい。”
など・・
心のガードを外して、本当にやりたいことを考えてみると、本来の自分が見えてくると思います。
それが分かったら、その自分に近づこうとしてみます。
”そんなの無理!現実的じゃない。”
そう思っても、いままで子どもに注いできた情熱を今度は自分に向けたらできるかもしれませんよ!
少しでもいいので、ありとあらゆる手段で自分が満たされることを、これでもかというくらい突き止めてみてください。
私は、もう一人になりたい!子どもの心配をする必要のない、自分の時間がほしい!と思っていました。
とにかく自由に行動できなかったので、自分のペースで生活を送りたいと思っていました。
けれども、不登校の渦中では自分のことなんて考える余裕もありませんでした・・。
息子を先生に任せて仕事に行っても、頭の中は息子が心配のことばかり。
息子が家で楽しそうにテレビをみている最中、私は明日学校に行けるかな・・・と不安になっていたり。
この状態は、まさに自分を追い込むパターン。
強制的に、子どものことを考えなくていい環境を作るべきでした。
例えば、お風呂タイムは、子どものことは考えないと決める。
集中していないとできない趣味に没頭する。
一日のほんの少しの時間でも良いので、見つけてみてください。
そして、毎日継続してやってみると、いつの間にか習慣になっていきます。
習慣になれば、考え方のクセが変わっていきますよ。
私は息子の不登校が長引くなか、やっとこの考え方に気づきました。
子どものことしか考えられなかった私が、自分のために考えるようになりました。
結局、考え方を子どもから自分にシフトすることで、子どもにもいい影響があったのです。
考え方2ー将来の心配を安心に変える。
子どもを心配するあまり、こんな声がけをしていませんか?
「このまま学校に行けなくなると、勉強についていけないよ。」
「大人になって、社会に出てから困るよ。」
不登校になってからは、将来のことは、ますます気がかりになりますよね。
けれどもこの言葉は、逆に学校、社会という世界に不安を抱かせてしまいます。
子どもがなぜ不登校になっているのか、理由はさまざまだと思いますが、多くはその世界に不安を持っているからだと思います。
私は、今思ってみると、上のような言葉をたくさん子どもに投げかけてしまっていました。
なぜなら、この不安感というのは親である私が一番持っていたからです。
自分の不安を子どもにぶつけて、自分はさらに落ちこみ、子どもも不安になるという、負の連鎖でした。
私がここで学んだのは、”安心を伝えていくこと”です。
例えばこんな感じに言ってみてはどうでしょうか。
”学校には、困ったときは助けてくれる人がいるんだよ。”(安心な場所であることを伝える)
”大人になってお母さんは、小さい頃から夢だった海外旅行に行けたんだよ。”(社会に出る不安を希望に変えてみる。
しかし、つい私たちは理屈や正論を言いたくなってしまい、ことばが多くなりがちです。
だったらどうやって安心を伝えれば良いのでしょうか?
それがスキンシップとお母さんの笑顔です。
子どもをひざに乗せて包み込む。
目を見て笑顔で子どもの話を聞く。
たったこれだけでも、不安をかかえた子どもは自分の安全地帯を認識するのです。
考え方3ー子どもを見る側面を変える。良い面から安心を得よう。
例えば、あなたが知人と遊びに行く前に、軽いケガをしたとします。
その時思いうかぶ言葉はどちらですか?
- 楽しみにしていた外出なのに、ケガなんて最悪!
- 軽いケガで良かった。とりあえず歩けるし、ラッキーだった。
人によって同じケガであっても、いいか悪いかはその人の考え方で180度変わりますね。
同じ一人の子どもをみるにも、考え方で180度変わります。
不登校だからうちはダメな子。
不登校であっても元気だから良かった。
だったら、良い面を見ればいいんです。
そうは言っても、うちの子は…と理屈はたくさん思いうかぶかもしれません。
私も、無理に楽しもうとか、不登校の子どもを楽観的に考えようとか、できませんでした。
そして、心配し、焦り、不安になるループから抜け出せなくなっていました。
しかし子どもには、親が”自分がどんな人間になってほしいか”は、なんとなく伝わっていると思います。
人の目が気になるから「ちゃんとした人にしたい」気持ち・・
ダラダラと過ごすのをやめて「自立してほしい」気持ち・・
今はそういういろんな気持ちはちょっと置いてみて。
小さい事でもいいのでなにか見つけて、そこに安心を見いだしていけたら楽なんじゃないかなと思います。
”今日も無事に生きている”
”社会に出て、すばらしい人に出会えた”
どんなことでもいい方向に変えて、子どもに伝えていってみましょう!
考え方を変える練習をくり返すだけで、何かがぜったいに変わります。
考え方4ー見返りを求めない!
これだけ尽したのだからきっと応えてくれるだろう。
・・でもうまくいかなかった。
子どものためを思ってやっているのに、なんでわかってもらえないんだろう。
私はこのようなときに、ものすごいストレスを感じました。
実は、子どもも同じストレスを抱えてしまっているんです。
親が子どもをコントロールしようとしても、思う通りにはなりません。
子どもも一人の人間。
ちゃんと自分なりの考えを持っているはずなのです。
気をつけたいのは、子どものきげんを伺って意見を変えたり、つらい思いをさせないよう先回りしてしまうことです。
子どもも、時には悩んで立ち止まることもあります。
そこで親ができることは、うしろから見守ってあげること。
どんな選択肢があるかを教えてあげて、さいごに決めるのは子どもです。
つい上から口調で言ってしまいがちですが、コミュニケーションは、つねにこどもと同じ立場で接すると良いと思います。
あとは、子どもとたっぷりの愛情をこめて会話をすることだけです。
私は不登校の息子から、今どういう気持ちなのか、何がしたいのか、尋問のように聞き出そうとしていました。
きっとこわい顔で・・。
親が子どもの上に立つ感じで接していたのでしょうね。
自分でも気づいていない葛藤や、心にしまった悩みはいつしか態度となって出ていたのだと思います。
もっと対等に、楽な関係になっていきましょう。
親は与えるよりも、子どもからたくさんのことを教えてもらうような感覚でいいのです。
まとめ
当時、学校に行けなかった小学3年生の息子は、ピカピカのランドセルをしょった1年生においこされながら、通学路に1人立ちつくしていました。
その姿が私はせつなくて、つらくて、どうしようもありませんでした。
そして仕事を休んで、息子の不登校にずっとつきあっていました。
子どもの不登校につきあって、心が晴れなくてどんよりとしたきもちになっているお母さん。
学校や、まわりの人からの心ない言葉に傷つくこともあると思います。
子どもをつい自分におきかえて、痛みを分かち合ってしまうと親子でつらくなってしまいますよね。
いったん子どもと自分を、切りはなして考えるようにしましょう。
子どもの要求に応えることをやめて、自分にどんどん時間をついやしていいんです。
~しなければならない。子どもはこうあるべきだ。という常識はもはやいりません。
社会は学歴や仕事だけでできていません。
世界はもっと広くて、いかようにも可能性を広げることはできるのです。
お子さんの良いところは、あなたが一番よく知っているのですから、そこにフォーカスしてどんどん良い面を広げましょう。
そして、子どもとの距離感も近づきすぎず、離れすぎず、自立していく過程をうしろから見守りましょう。
ここまで読んでくれたあなたは、愛情のあふれる子ども思いのやさしいお母さんです。
お子さんもあなたの本当のきもちに感謝していますよ。
心から応援しています。